以前も、何かの機会に説明させてもらったことがあるかもしれませんが、文章の句読点(句点は「。」、読点は「、」)は、その人の「性格」や「呼吸の仕方」に、不思議とリンクするものでしてね。
気が短い人は、(せっかちなので)1つの文章に、どうしても読点を多めに付けてしまう傾向にあります。また呼吸が浅い人も、息をつくブレイクごとに読点を打ってしまいがちになります。気が長く、呼吸が深いと、その逆ということに。
日本語表現の、文法のテキストを読むと、いくつも【決まり】が書かれていますが、私は次の2点のみ、留意すれば十分だと考えます。実際、私はその2点のみで、長年、プロの物書きを続けているわけですから、何ら問題はないはずです。
句読点を打つポイント
読点は、【そこに打たないと、文章の意味が通らないと思われる位置】に打つ。
例文「私は彼の母親が幼かった頃を良く知っています。」
この文章に対して、「私は彼の母親が、幼かった頃を良く知っています。」のように読点を打つと、一見、意味がわからなくなります。なぜでしょう?
日本語表現は、文節の1まとまりごとに意味を捉えながら、進んでいく言語です。1まとまりの文節の中に書かれている内容を、読者が認識しようとしたときに、「私は彼の母親が」となっていると、ン? あれ? 「私は、どうして彼の母親なんだ?」と、早とちりして誤読されてしまいがちです。
結果、「貴方の文章はよみづらい」と指摘されてしまうのです。
この例文ならば、
「私は、彼の母親が幼かった頃を良く知っています。」
「私は彼の母親が幼かった頃を、良く知っています。」
のように読点を打てば、読者にもわかりやすい、誤読の心配のない文章になります。
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読点は、【文節と文節の区切り、切れ目】に打つ。
例文
「私は四人姉妹の長女で看護婦をしている24歳です。」
この文章(↑)には1つも読点がありません。読みづらいと思いませんか?
では、どこに読点を打ちましょうか? 【文節と文節の区切り】に打つという決まりに則って、実際に打ってみましょう。
「私は、四人姉妹の、長女で、看護婦を、している、24歳です。」
1つの文章にこんなに読点が多くても、やはり読みづらいですよね。
でも、文節と文節の区切りに、ちゃんと読点を打っているのです。どこがイケナイのでしょうか?
「私は、四人姉妹の長女で看護婦をしている24歳です。」
「私は、四人姉妹の長女で看護婦をしている、24歳です。」
「私は、四人姉妹の長女で、看護婦をしている24歳です。」
「私は、四人姉妹の長女で、看護婦をしている、24歳です。」
「私は四人姉妹の長女で、看護婦をしている24歳です。」
「私は四人姉妹の長女で、看護婦をしている、24歳です。」
上の文章は、どれも「正しい」読点の打ち方です。どれが一番「正しく」て、どれが「あまり正しくない」なんてことは、ありません。貴方の性格や呼吸の仕方で、一番フィットすると思われる文章を、選べばいいのです。
ところが、次はどうでしょう
A「私は四人姉妹の、長女で看護婦をしている24歳です。」
B「私は四人姉妹の長女で看護婦、をしている24歳です。」
ABともに、「下手クソな読点の打ち方」のサンプルです。理由がわかりますか?
Aは、自分が「四人姉妹だ」ということを、無理やり主張しているような内容の文章に「見えて」しまいます。それはそれで、決して間違いとはいえませんが、小説の一節にこのようなフレーズが出てくると、読者は戸惑いますよね。「なぜ、わざわざそこに読点が打たれているのだろうか?」と。
読点の位置が変わると伝えたい意味まで変わってきてしまう
読点を打つ位置が変わると、装道に文章で伝えたい意味まで変わってきてしまいます。
質問にありました、貴方の文章が「読みづらい」といわれてしまう……ような場合、たいがい、こういう「おかしな」読点の打ち方をしているのが理由です。
Bは、もっと「おかしい」ですね(笑)。理由はあえて書かなくても、わかりますよね。でも、意外と日常、頻繁に打つメールやらブログなどで、「こんな」読点の打ち方を無意識にしてしまっている人、多いですよ!!